
夜行バスで首都ザグレブからドゥブロブニクへ

クロアチアの首都ザグレブから、ドゥブロブニクまではバスで約9時間。クロアチアの鉄道は便利とは言い難く、このドゥブロヴニクにも鉄道は通じておりません。よって、飛行機とバスが主なアクセス手段になります。私はザグレブを22時ごろに出発するの夜行バス(FlixBus)に乗り込み、南へ向かってひたすら揺られるバス旅にでました。
バスの車内はお世辞にも快適とは言い難い環境でしたが、私はどこでも熟睡できるタイプなので、検問で起こされるまでは記憶がありません。5時間以上は深い眠りについていたと思います。

なぜ検問?と思うかもしれません。ドゥブロブニクは、実はクロアチア本土とボスニア・ヘルツェゴビナの領土によって隔てられた「飛び地」になっております。途中、ボスニア・ヘルツェゴビナ唯一の港である「ネウム」がクロアチアの本土を回廊状態で分断しています。シェンゲン協定に加盟していないボスニア・ヘルツェゴビナのネウムでは国境検問があり、パスポートを提示しなければなりませんでした。この旅のわずか10日前に、クロアチア南東部の飛び地であるドゥブロヴニク地方と本土とを結ぶペリェシャツ橋が開通していましたが、このバス路線は橋を経由しませんでした。2026年現在は、ペリェシャツ橋を経由していると聞いています。

朝方、アドリア海から昇る太陽が、水平線をじわじわと染め上げていきます。うっすらと見える吊橋がペリェシャツ橋です。車窓に差し込むオレンジの光は幻想的で、長旅の疲れも一瞬和らぎました。
いざドゥブロヴニクの街へ!

朝、バスはドゥブロヴニクのターミナルに到着しました。朝のひんやりとした空気のなか、到着したドゥブロブニクのバスターミナルから路線バスに乗って、旧市街の入口に向かいました。バスを降り、すぐ近くにとった宿に荷物を預けてからさっそく旧市街へ!





ドゥブロブニク旧市街は、堅固な城壁にぐるりと囲まれた石造りの街。門をくぐると、「アドリア海の真珠」と称される理由を感じさせる美しい街並みが広がっています。綺麗すぎて生活感が薄いくらいです。


ここはドゥブロヴニクがイタリア王国に併合されるまで存在した「ラグーサ共和国」の中心地。右手に見えるのが、ラグーサ共和国総督の居住地だった建築です(旧総督邸)。



太陽に照らされたオレンジ色の屋根が、クリーム色の石畳や教会と織りなす景色はどこを切り取っても絵になります。多くの人が憧れる「夏の地中海」な風景が素晴らしいです!





旧市街はまるで迷路のよう。細い路地が入り組み、石段が至る所にあり、歩いているだけで冒険のような気分になります。通りに干された洗濯物、軒先に飾られた小さな花鉢、地元の人の生活の気配がふとした瞬間に現れ、観光地であると同時に「生きている街」であることを実感させてくれます。あの階段の先にどんな暮らしがあるのだろう、と思いを馳せてしまいます。

旧市街の港へ

かつてアドリア海の覇者ヴェネツィア共和国と肩を並べ、軍事力ではなく巧みな外交で自由と独立を守り抜いた「ラグーサ共和国」。その歴史を今に伝える旧港へと足を延ばしました。
ちなみに、いまでも「ドゥブロヴニク」のイタリア語での呼び方は「ラグーサ(Ragusa)」だそうですよ。

港に一歩足を踏み入れると、石造りの頑丈なアーチが連なる旧造船所跡(アルセナル)があります(写真右側に見切れています)。かつて世界中を駆け巡った交易船がここで造られていたと思うと、歴史のロマンを感じずにはいられません。今では色とりどりの小さなプレジャーボートや観光船が静かに波に揺れており、透明度の高いエメラルドグリーンの海水が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていました。

港のベンチに腰掛け、穏やかな波音を聞きながら心地よい海風に吹かれていると、観光地としての喧騒はありますが、不思議と穏やかな時間が流れているきがしました。青い海とオレンジの屋根と白い石の色合いが、遠い国の港に来ていることを改めて実感させてくれます。


初日のお昼はイカスミリゾットとジェラート

午前中は旧市街をぶらぶらと歩き続け、お腹が空いてきた頃、レストラン”Konoba Nava”に入って注文したのはイカスミのリゾット。
真っ黒な見た目で、濃厚で深みのある味わい。米一粒一粒にしっかりと旨味が染み込んでおり、まさに海のエッセンスを食べているかのようです。白ワインとの相性は言うまでもありませんが、私はお酒が弱いので、午後の活動も考えてここは我慢しました。

食後には迷わずジェラートへ。バニラとピスタチオのダブルを選びましたが、これがまた絶品。イタリアに併合された歴史もあるここダルマチア地方はイタリアンがとても美味しく、パスタやリゾットだけでなく、ジェラートのクオリティも本場並みです。イタリアと文化が地続きであることを感じられたのも、三週間近く地中海を旅してきた甲斐があります。
ロープウェイでスルジ山へ


日が傾いてきた午後は旧市街を見下ろす絶景スポット、スルジ山へ向かいました。ロープウェイで山頂まではほんの数分ですが、途中で見下ろすことができる旧市街の街並みに胸が高鳴ります。

スルジ山に立つと、そこからは赤茶色の屋根、白い石壁、そして輝くアドリア海が一望できるパノラマが広がっていました。夕陽に照らされた街はまるで黄金に包まれているかのようです。

なお、ロープウェイを降りてすぐの場所は建造物やロープウェイのワイヤーがあるので、降りて右手側、南東に数分歩いたところが旧市街をよく見渡せると思います。道はしっかりと舗装されているので、安心して歩くことができました。ちなみに、この道路はタクシーも走ってくれるようなので、タクシーで車窓から旧市街を眺めながら走るのも良いと思います。

スルジ山の北側はボスニア・ヘルツェゴビナ。このどこかに国境があるのでしょう。90年代のクロアチア紛争では、ここは最前線になったと思います。いまでは考えられないくらい穏やかで雄大な風景を見せてくれています。

下りはロープウェイではなく、徒歩で旧市街まで降りました。山道はほどよく整備されていて歩きやすく、登ってくる人も結構いました。個人的には、ロープウェイで登って徒歩で下るのがおすすめです。なぜなら、旧市街をずっと眺めながら道を下っていくことができるからです。まさにこの街と対話するような時間を味わえます。
スルジ山の東西どちらからも降りることができますが、夕暮れが近づく時間は西側から降りると、夕日に照らされた旧市街を見ることができるのでおすすめです。

クロアチアの祝日と夜ご飯!



この日は、ちょうどクロアチアの祝日「勝利と国民感謝の日」。1991年〜1995年の独立戦争、日本ではクロアチア紛争と呼んでいますが、「嵐作戦」の成功、勝利を記念する大切な日です。街全体が祝祭ムードに包まれていた気がしました。

夕食には、旧市街中心部にあるレストラン“Konoba Koloseum”で、トマトと海鮮のパスタをいただきました。グラスを交わす音、談笑する声が夕暮れを彩るなか、広場でいただくディナーは格別でした。旧市街の広場にあるレストランはハズレな場合が多いのですが(いつも敬遠しています)、ここはGoogle Mapの評判が良かったので入ってみました。
ここには観光地の華やかさと、地元の人々の暮らしが共存しており、その混ざり具合がとても心地よいものでした。


広場ではプロジェクションマッピングとオーケストラの演奏があり、記念日の夜は大いに盛り上がっていました。お昼よりももっと人が多く、目抜き通りは人でごった返していました。
早朝の旧市街と青果市場



翌朝はまだ日が出て間もない時間帯に旧市街を訪れました。誰もいない路地はまるで映画のセットのように静まり返り、地元の人々の足音と、自分自身の衣擦れの音だけが聞こえてきます。


人で賑わうドゥブロヴニク大聖堂も、静寂に包まれていました。かつてはビサンチン建築だった大聖堂は、ロマネスク様式を経て、現在のバロック様式に建て替えられました。


広場では市場が開かれており、赤いパラソルの下に果物や野菜が並べられていました。トマト、スイカなど、イタリアの市場でよく観られる青果が並んでいました。


スルジ山からの風景を見た印象だと、このダルマチア地方のあたりは野菜や果物はあまり育たなさそうだと思いました。この市場に並んでいる青果はどこからやってくるのでしょうか?結構新鮮に見えます。



朝からやっていたベーカリーでチョコのコルネットを購入し、朝日のなかの港でいただきました。冷たい海風と素晴らしい風景でいただく朝食は最高です。
城壁の上から旧市街を楽しむ!

早起きした目的は、ドゥブロヴニクの城壁をゆったり歩くためです。城壁はドゥブロヴニクで最も有名なスポットなので、お昼にいくと混雑するのです。

目論見通り、チケット売り場にいたのは私と日本人の夫婦だけでした。同じ日本人、考えることは似ているようです。

強い朝日を浴びて、街の屋根がより一層オレンジ色に染まって見えます。写真よりも、肉眼でみた方がより鮮やかだったと記憶しています。この素晴らしい風景に圧倒されるばかりでした。



城壁からは、街の生活が間近に感じられます。洗濯物が揺れる窓辺、教会の鐘の音。旧市街の人々の営みをいつまでも眺めていたいと思いました。

城壁の西側にはバスケットボールのコートがありました。ここは世界で最もロケーションの良いコートなのではないでしょうか。クロアチアといえばバスケよりサッカーのイメージです。ゴールがおいてあるのでフットサルもできそうです。


城壁の西側の海を見ると、紺碧のアドリア海とオレンジの屋根の街並みが間近に見えます。わたしが憧れたドゥブロヴニクの風景のひとつです!海がかなりきれいなので、カヌーが宙に浮いているように見えました。


城壁の北側に行くと、クロアチア紛争の爪痕をはっきりと確認することができます。紛争は終結していますが、街はまだ完全に復興していません。私には知ることができませんが、クロアチア共和国内でもまだ民族対立は残っているでしょう。再び紛争が起こらないことを切に願っています。
2日目の昼食はタコバーガー

城壁を出てたらお腹が空きました。お昼は少しユニークな料理を求めて”Barba”でタコバーガーを注文。紫がかったバンズに、タコのフリットがサンドされていて、見た目にも楽しい一品。さっぱりしたソースと香ばしい衣のバランスが絶妙でした。

その後、海岸を挟んで西側の城壁から海岸線を望むスポットへ。ここからの眺めは、オレンジの屋根、深い青の海、緑のスルジ山が美しく折り重なっており、自分にとって最高のビューポイントとなりました!
ドゥブロヴニク、そして旅の最後の夜

再びイカスミのリゾットとジェラートを食べ、旅の最後の夜はゆったり街を散歩することにしました。
昼間は歩くのが嫌になるくらい暑かったのですが、夜は風が冷たく、涼しくて過ごしやすいです。日本と違って湿度が低いからでしょうね。



旧市街の路地はいたるところに、ところ狭しとレストランが立ち並んでいます。石畳とテラス席の灯り、食器の音、グラスを鳴らす乾杯の音がいたるところから聞こえてきます。帰りたくない、旅を終わらせたくない気持ちがどんどん強くなっていきます。


旧市街を歩いて見上げる路地の風景が好きでした。目抜き通りや港はかなり観光地、という趣が強い印象ですが、路地に入るだけで街の暮らしを間近に感じることができます。ドゥブロヴニクに住む人々はどんな夜を過ごしているだろう?何を喋っているんだろう?と、営みに思いを馳せるのが心地よかったです。

ずっと憧れていたドゥブロヴニク。ヴェネツィア同様、訪れる前にかなりハードルを上げてしまいました。しかし、そんなハードルは余裕で超えてきたのがドゥブロヴニク。こんなに素晴らしい街があるのか、世界は広いな、と思わせてくれました。美しいだけでなく、悲惨な歴史も抱える奥深さのあるドゥブロヴニクという街に惚れ込んでしまいました。最後の街ということで疲労も溜まっていたにもかかわらず、滞在中はずっと心踊り、楽しく散策や食事ができました。
『ヨーロッパでおすすめはどこ?』『海外旅行はどの街が好きだった?』と尋ねられたら、間違いなくドゥブロヴニクをそのひとつに挙げると思います。
おわりに|地中海4,800kmの旅を終えて
全22回に渡ってお送りした地中海4,800kmの旅。写真が盛り沢山な旅行記になりました。滞在中はたくさん写真を撮って、これでもかなり写真を厳選して掲載しております笑。
今回巡った地中海の国々、イタリアは有名ですがマルタ、スロベニア、クロアチアはどういう国なのかご存知でない方は多いのではないでしょうか?私もあまり知らなかったですし、イタリアについても知らないことがたくさんあって、もっともっと他の都市を巡ってみたいという思いが強くなりました。

旅をしてみて、想像の何倍も素晴らしく、大好きになった今回の4カ国。東京や横浜を歩いていて、これらの国にゆかりのあるお店や雑貨、料理を見つけると嬉しくなってしまいます(もちろんイタリアはたくさんあります)。
旅行記は書いていてとても楽しく、また、書けば書くほど旅先への思い入れが深くなり、感情が豊かになる気がします。
なかなか壮大になったこの旅行記、3週間超の間ずっと『ずっと旅していたい』『旅って楽しいな』という気持ちが消えず、素晴らしい時間を過ごすとともに、かけがえのない経験になったと強く感じます。
この旅行記は2022年の旅行について書いていますが、あれから2026年現在まで、追加で16カ国を旅しています。これらの国々への旅も、これから書いていく予定です。
最後まで読んでいただきありがとうございました!それでは!
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