【イタリア・スロベニア旅行記】国境で分断された街・ゴリツィアからボーヒン鉄道でブレッド湖を目指す(地中海4800kmの旅 vol.17)

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今回の記事をざっくり紹介

ヴェネツィアを堪能し、アルプスの瞳と称されるスロベニア・ブレッド湖へ向けて出発した私。イタリアースロベニア国境がある街、ゴリツィア徒歩での国境越えを果たしました。
 ゴリツィアからブレッド湖へは、スロベニアのローカル観光路線・ボーヒン鉄道に乗って行きました。途中、山火事で3時間も運転見合わせとなりましたが、無事にブレッド湖に辿り着けました。
今回の記事は、ゴリツィアの街とボーヒン鉄道のようすをお届けします!(ブレッド湖は次回です)

— 前回 —

ヴェネツィアからゴリツィアへ

ヴェネツィア・メストレ駅からトレニタリアのRegionale Veloce(準急列車)に乗り込み、一路東へ。スロベニアとの国境の街・Gorizia(ゴリツィア)を目指します。

列車に2時間ほど揺られた後、Gorizia Centrale(ゴリツィア中央駅)に到着しました。この列車はまだ旅を続け、アドリア海沿いのトリエステを目指します。

分断の痕跡が残る国境の街・ゴリツィア

ゴリツィアはイタリアとスロベニアの国境がある街で、スロベニア側はNova Gorica(ノヴァ・ゴリツィア)と呼ばれています。かつてこの街は、西側がイタリア、東側がユーゴスラビアに分断されていました。分断は2007年まで続き、国境は検問とフェンスで隔てられていました。

イタリア側のゴリツィア中央駅からノヴァ・ゴリツィア駅までは約4km、徒歩で45分ほどの距離です。駅周辺はコンパクトで整備が行き届いており、ゴミも少なく治安の良さを感じます。

駅を出て、コルソ・イタリアという住宅街の通りを北東へ進みます。その雰囲気はどこか、国立駅から一橋大学へ向かう「大学通り」を思わせます。歩いていると、街の静けさと穏やかさが心地よく、旅のペースも自然とゆったりしてきます。

北イタリア料理と東欧の香り

お昼時になったので、“Osteria Ca’ di Pieri”でランチを取ることに。ここでは、ヴェローナを中心に北イタリアで親しまれているニョッキに、ハンガリーの伝統料理グヤーシュを組み合わせた“GNOCCHI con il goulash”(ニョッキのグヤーシュがけ)を注文しました(€8.0)。ヴェネツィアの海の幸とは異なり、ここゴリツィアでは内陸の風土が育んだ肉とじゃがいもの豊かな味わいが広がります。パッと見少なく見えますが、ニョッキの一つひとつがとてもボリューミーでした!

国境を越えてノヴァ・ゴリツィアへ

住宅街を抜けると市街地に入り、背後には石灰岩の山肌が顔を覗かせます。ノヴァ・ゴリツィアはまもなくです。

市街地をしばらく歩くと、再び閑静な雰囲気になります。そして、かつての国境検問所が現れました。現在はイタリアもスロベニアもシェンゲン協定に加盟しているため、検問所は使われていません。その跡地にはEUとスロベニアの看板が誇らしげに立ち、かつての分断を乗り越えた今を象徴しています。

検問所跡を抜けて踏切に差し掛かると、ノヴァ・ゴリツィアの看板が現れます。

踏切から少し歩くとローカル線とは思えないほどの立派な駅舎が見えてきました。この建物はオーストリア・ハンガリー帝国時代のもので、当時は首都ウィーンと最大の貿易港トリエステを結ぶ幹線の途中駅として重要な役割を果たしていました。

分断の歴史を知る

駅前には国境を示すシンボルがあります(マンホールみたい)。この場所は2007年まではフェンスで分断されており、「第二のベルリンの壁」とも呼ばれていました。駅舎内の分断博物館では、鉄のカーテンによる分断の歴史を学ぶことができます。ベルリンの壁ほど警備が厳しくなかったようなので、ユーゴスラビアからイタリア側に逃亡する人がそれなりにいたそうです。

ボーヒン鉄道に乗って、アルプスの瞳・ブレッド湖へ

ノヴァ・ゴリツィア駅の窓口でBled Jezero(ブレッド湖)駅までの切符を購入(€6.6)。ボーヒン鉄道は、ノヴァ・ゴリツィアからオーストリア国境付近のJesenice(イェセニツェ)まで続くローカル線で、観光用の蒸気機関車が運行されることもある風光明媚な路線です。運行本数は1〜3時間に一本程度で非電化。しっかりローカル線です。

ノヴァ・ゴリツィアの駅はかなり長閑な雰囲気。地域のおじさまたちが穏やかな時間を過ごしていました。

駅舎側のホームに落書きだらけの列車が停車していました。駅員さんに聞いてみると、ブレッドへ向かう列車はこれではない、3番線だ、と言い残し、彼は仕事に戻りました。広い駅構内、3番線ってどこさ?とヤキモキしながら列車の時間が近づいてきます。

駅員さんは機関車の入換作業をしていました。脱力感がありますが、仕事はきっちりこなすタイプのかっこいい鉄道員さんでした。

駅舎から離れたホームに回送列車が到着し、「これだよ」と駅員さんは教えてくれました。おまけに、手招きして連れて行ってくれました。やさしい。乗る列車には落書きがありませんでした。

列車に乗り込む寸前、蒸気機関車が見えたので撮影。これはタンク式蒸気機関車、ユーゴスラビア国鉄118型だそうです。

案内された列車はきれいなボックスシートが並び、自転車も積み込める仕様でした。冷房はないものの、車窓から吹き込む涼しい風が心地よく感じられます。

山火事で3時間運転見合わせ

列車は山間の川や小さな集落、秩父の武甲山を思わせる石灰岩の採掘場を通り抜け、ブレッドに向けて順調に進んでいました。観光列車が走るのも頷ける車窓です。風も大変気持ちがいいです。

しかし、山奥の駅で突然停車し、列車から降ろされました。聞けば、この先で山火事が発生して一時的に運転を見合わせるとのこと。運転士さんに「復旧の見込みはありますか?」と尋ねると、「わからない、俺だって家に帰りたいよ」と、ちょっとした冗談交じりの返答。その通りだな、と乗客みんなで大人しく運行再開を待っていました。

運転再開を待機していた駅前広場。ここが何駅だったかはわからないです。

約3時間後、ようやく運転再開のアナウンス。スロベニア語での案内に戸惑っていると、隣の優しい旅人が英語に翻訳してくれました。こうした思いがけない出会いも、旅の醍醐味です。ボーヒン鉄道は再び走り出し、夕刻に目的地のBled Jezero(ブレッド湖)駅に到着しました。ボーヒン鉄道のみなさま、最後まで運転してくれてありがとうございました。

次回はブレッド湖です

ブレッド湖はもともと一泊の予定で、山火事の影響で夕方〜朝の短い時間しか滞在できませんでした。しかしながら、「アルプスの瞳」と称される美しい光景を堪能することができました。

ということで、次回はスロベニア・ブレッド湖の模様をお届けします。それではおやすみなさい。

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この記事を書いた人

横浜市在住のエンジニア。1998年生まれ、26歳です。カメラを片手に25カ国を旅してきました。遠い地の生活を垣間見ることが私の旅のテーマです。

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